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翌年5月1日富士の裾野で催した巻狩で、嫡子の頼家(12歳)が鹿を射止ると、頼朝は狩を中断し、矢口の神事(箭祭(やまつり)とも)を行ないました。これは武家の男子が狩猟で初めて獲物を獲ったことを祝う儀式で、当人はもちろん、父の頼朝にとっても、後継者のお披露目というべき一大事でした。
『吾妻鏡』によると、この儀式のために、長さ8寸(約24㎝)・広さ(幅)3寸(約9㎝)・厚さ1寸(約3㎝)の、黒・赤・白の餅(矢口餅)が、各色3枚ずつ、合計9枚が3組用意されました。3人の御家人が、頼朝と頼家の前で、これを順番に食べるのです。御家人の中でも特に弓術に秀でた者たちが、この役に選ばれました。
餅を食べる際は、3色の餅を1枚ずつ重ねるのですが、重ね方はもちろん、食べる際に口をつける場所と回数、その順番まで、家によって独特の作法や決まりがあったようです。3枚重ねるとかなりの大きさですが、どうやって食べたのでしょう。
その場で見ていた頼朝も、選ばれた御家人たちの作法に興味を覚え、3人目の曾我祐信(そがすけのぶ)という御家人に作法について尋ねます。ところがこのとき祐信は、頼朝の問いに答えることなく、黙々と儀式を行なってしまいました。頼朝は非常に不満だったようですが、ちゃんと祐信にも褒美を与えています。後で改めて頼朝の問いに答えたのでしょうか。
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@1 year ago with 3 notes
#Yoritomo