zo no zu / Kishi Choton
象之圖 貴志朝暾 1838年 筒井南斎蔵本の写
Chiyoda no On’omote / Chikanobu
千代田之御表 山王祭礼上覧 揚州周延 1897年
“なおこれら山車のほかに付祭(つけまつり)と称するものが出た。各町が出す山車は上で見られるように、ある程度内容が決まっていたが、付祭はそれ以外の出し物のことを言い、踊り屋台という長唄や常磐津節などの音曲を伴った移動式舞台ともいえるものや、趣向を凝らした曳き物(人の手でひく車が付いた大きな飾り物)、また仮装行列のようなものもあり、中でも麹町他からの唐人衣裳の行列を伴った白い象の作り物は度々出され、評判を取ったという。” 山王祭 - Wikipedia
※周延はこの白い象の作り物がよほど気に入ったようで何種類か描いている。「時代かゞみ 寛政之頃」では、象の足の中に人が入って運んでいる様子がわかる。
Great Elephant Recently Imported from Overseas (Shinto hakurai no dai zô) / Yoshitoyo
新渡舶来之大象 歌川芳豊 1866年2月(MFAによる。文久三年は1863年)
“来ル弥生上旬より西両国廣小路におゐて興行”
“演義 聖代の德沢海外に溢れ異邦の珎物奇奇たる鳥獣時を選バす舶来せり そが中に今般新港横濱に舶来せる正眞活物の大象ハ中天竺馬爾加国ヒツペルゲンといへる大山の麓数千里の大原野に生ずる所の物にして歐邏巴葡萄呀国の人アルキウルといへる異人彼地に渡来して生捕きたり我神州に持渡れり 生じてより僅に三歳形象ハさながら泰岳のごとく鼻ハ将に梯(きざはし)?を見るに等し 力量千斤の?(かなへ?)を負 路を行こと三百餘里 夜は子に臥て寅に起 人語を聴分人心を推す 此霊獣や火を消 水をおさめ悪病を除き毒氣を退 一度これを見る人々七難を滅し七福を生ず 諸君氏薏(きそ)ふて一覧あるべし 文久三癸亥三月上旬 つばくらをなぶるや象の鼻ばしら 假名垣魯文 賛”
Hakurai Ōzō no ben / Yoshitoyo
舶来大象之辯 歌川芳豊 1863年
“夫世界の廣大無極なる造化の巧工憶説を以て量るべからず 大あれバ小あり九万里(くまんり)に翅(つばさ)をひろぐる鵬鳥(ばうちやう)の對語に蚊のまつ毛に巣を造(なす)蟭螟(むし)を出せり 今般西客我朝に渡来れる大象といつパ印度馬爾加国の大原野に生ずる物にして今歳僅か三年に充ず 然りと雖 形象長大力量千斤の重を負 抑象ハ三獣の一位にして宇宙諸獣の司たり 清浄を好んで濁りに染ず 能く人心に通じ人語を聴分 物に感じて必ず霊あり中奥蘭人一度此獣を本邦に持渡りしも今を去ること二百年 今年文久三癸亥三月上旬 或人洋人より彼の大象を購ひ得て東都西両国廣小路に観物場をひらき諸人をしてこれを見物せしむ 嗚乎古来今往奇中の奇を目前になすの倖僥 実に太平の餘德といふべく世にありがたきことならずや 扶桑稗官 假名垣魯文 誌”
Shindo hakurai ōzō no zu / Yoshiiku
新渡舶來 大象之圖 落合芳幾 1863年
“東都繪象紙 來ル三月上旬より西両國廣小路におゐて興行仕候 今たび舶來の大象は中天竺ばるか国出生なり こと?行ないさながら人??乃ばす きよきを食して紅塵をいとへり 一身の力鼻にありといへり”
The Death of the Historical Buddha / Unknown
涅槃図 絵師不明 19世紀
※五体を投げ出して歎く象

mezamashigusa / Seichutei Shukushin
目さまし草 清中亭叔親 1815年
nagasaki bunkenroku / Hirosawa Kai
長崎聞見録 広川獬 年代不詳(1800年初版)
tabako denrai no shosetsu : mezamashigusa nuki / nagasaki bunkenroku nukigaki / Unknown
煙草伝来之諸説めざまし草抜 長崎聞見録抜書 勝俣銓吉郎旧蔵 書写年不明
“崑崙奴(てんぢくじん)象を御(つかひ)ながら巻たばこを吸ふ圖 これハ文化癸酉の夏 長崎へ舶来牝象の写真なり”
“阿片たばこを吸ふ圖”
“海女 人魚也 半身以上ハ女人に類して半身以下ハ魚類也 人魚の骨は功能下血を留るに妙薬也 蛮語にペイシムトルト云 紅毛人持わたる事あり”
※書写した方の人魚が可愛くなっている
Chūtenjiku hakurai ōzō no zu / Yoshitoyo
中天竺舶來 大象之圖 歌川芳豊 1863年
“中天竺馬爾加国の出生 産てより僅に三歳 高さ一丈二尺 鼻の長さ八尺 目方二千八百〆目 前足の爪鼈甲に似たり”
The Great Elephant from India (Tenjiku watari dai zô no zu) / Yoshitoyo
天竺渡り 大象之圖 歌川芳豊 1863年
The Great Elephant Imported from Central India (Chû Tenjiku hakurai dai zô no zu) / Yoshitoyo
中天竺舶來 大象之圖 歌川芳豊 1863年2月
“両國廣小路ニ於ゐて三月上旬より興行仕候”
“ゐなからに千里の外のれい獸を見るも動かぬ御代のためしと ??賛”
Great Elephant from Central India (Chû Tenjiku kudari dai zô no zu) / Yoshimori
中天竺下り大象之図 歌川芳盛 1863年4月
“當亥三才 亜墨利加人横濱に舶来す 此度大江戸西両國於廣小路興行仕候?”
※干支改正試案:鼠牛熊兎狐狸馬鹿猿猫犬猪
Big Elephant from Overseas / Yoshitoyo
舶来大象之譜 仮名垣魯文 撰 歌川芳豊 画 1836年
“西兩國廣小路におゐて三月上旬より興行仕候 舶來大象之譜 虞舜の孝感天を動し大象來て田をかへし。提婆の暴戻(ぼうれい)神を怒し。白象をして悩しむ。夫(それ)象の霊あるや三獸の一と雖。獅子虎の猛獸と比すべきに非ず。西客心に望あれバ象を祈りて宿願をはたし。印度の蒼生象を軽蔑なすときハ。其祟を受といへり。今般歐邏巴人。天竺馬爾加國より。一疋の大象を得て我神州(じんしう)に渡來せり。生(じやうし)てより僅に三歳未(いまだ)骨肉充滿せざれども圖計に遊バず。清食浄状人林も及バず。夜ハ子に臥て寅に起 昼は三度居処を改む 火にあふときハ?より烈しく水に逢てハ夏禹も不如きくならく?。堯舜の聖代にハ麒麟原野に遊び鳳凰梧桐に宿せりとかや今四海の浪静に治り。國風豊になびき万民和ぎて。戸々に千秋樂を唱へ家々に万歳樂をうたふ是偏に天禀地封の德澤にして。将に霊獸乃祥瑞あるも。寛仁大度乃餘慶なるべし。中興蘭人崎陽に持渡しも光陰の關門にへたでたれ。たゞその象(かたち)を画圖に観而巳(ミるのミ)。さいハひなる哉泰平の時に生れ。我人ともに此聖獸を目前に見ることをえたるは。千載不朽の面目にて。萬古未發の奇事といふべし。ゆゑに諸君子競ふて駕を曲。列(こぞり)て來臨あれかしといふ 干時文久三癸亥季春上旬 稗史著作郎 假名垣魯文 操觚”
※”これは斎藤月岑の『武江年表』文久3年(1863)の条に「両国橋西詰にて異国渡来の牝象を見せものとす。灰毛九尺計あり。三歳と云ふ」とある興行の際の引札である。” 舶来大象之譜:早稲田大学図書館