hashika majinai no ben / Yoshitoyo
痳疹まじなひの辯 歌川芳豊 1862年
“立春大吉 鉄牛和尚宿 如此認(したゝ)めて張おくべし”
“禅家の活僧鉄牛和尚ハ元来伴何某とて勇猛無双の武士なりしが故有て円頂黒衣にさまを變 諸国を修行なせし折 飛騨国の山中にかゝり思ハず路を失ひ夜に入もとむべき宿もなけれバ或大樹の洞に入て打臥けるが丑満ともおぼしき頃一陣の魔風樹木を動かしける その物音に驚き覚(さめ)うろの中より外を見るに夜叉の如き者二個 濁(だミ)たる声音を出し是より日本の諸國に渡り我々が痳疹の道を流布させんとさゝやき居けるにぞ鉄牛 扨ハ痳疹の悪神ばらよいでや一棒を授けて彼等に驚怖させんずとうろの中より飛出し猿臂を延して二神をかい掴ミ如意をあげてうちたゝ?すに痳疹神大ひにおそれ我々をかく手ごめにするハ何者そゆるせ/\とうめくを見て鉄牛から/\と打笑ひ我ハ天下の活僧鉄牛なり汝等をうち殺してよの愁を拂ハんと思ふなりと呼ハりけれバニじん深くおそれ一命だに助玉ハゞきそうが名を門口に張たる家にハ必らずしも入べからずと誓を立けれバ鉄牛やうやくにゆるして放ちやるに是より鉄牛が名を紙にかきて張おく家には痳疹の病決して入ることなしとかや 半俗外史 記”
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